インド奮闘記(初観光編3)

翌日の朝もとても寒かった。この時期のインドの朝と夜はまだ気温が低いので肌寒く、昨日の夜もゲストハウスに帰ってからは部屋に備え付けられた薄手のごわごわした毛布に身を包んで蓑虫の様に身をよじりながら眠った。

じわっとした温かさが身体を包むようになって、ようやく眠れたと思ったら次の瞬間には朝になっている。きっと、知らない間に身体が疲れていたんだな~なんて思いながら目を覚ましたものの朝の寒さに再び身をよじりながら少しベッドから出て行くのが億劫になりかけた。けれど、今日は違う。いつもは苦手な朝も今日の午後には列車に乗ってガンガーの流れるバラナシに行く事を思うとすんなりと起きることができた。
早々と出掛ける準備を済ませ、ゲストハウスのロビーに駆け降りて行く。

ロビーに降りると、受付にいるスタッフは毛布を頭まですっぽり被って同じように朝の寒さに身をよじっていた。彼に朝の挨拶を交わし、隣の建物にある食堂で簡単な朝食をとって再びゲストハウスに戻ると、初日に空港まで迎えに来てくれたラジャさんが待っていてくれた。今日は午前中デリー・ニューデリーにある史跡の観光にラジャさんが車で連れて行ってくれることになっていたからだ。

少し朝靄(埃っぽいだけ?!)のかかる街中は人通りこそ少ないものの、すでに朝市が行われていて、その周りはたくさんの人々で賑わっていた。赤や濃い緑をしたビビットな色の野菜が台車や布をひいた路上に盛る様に並んでいて、それらの野菜を大きな天秤ばかりで買い求める人たち。そこには普段のインドの人々の生活が垣間見ることができた。

112

そんな姿を尻目に、ラジャさんの車は朝のデリーを軽快に走って回る。

「どこに行くの?」とか「どれくらいかかるの?」とか、簡単な質問をしたり、時には「寒いな~暖房付けてほしいなぁ…」とか思ってもなんて言えばいいんだろうと頭の中で必死になって英語の構文を思い出したり考えている間にとうとう最初の目的地に到着してしまった。

197

車の中では静かだったラジャさんも観光地となればこれでもかと言うほど喋りだす(笑 インドの歴史やどういう建物なのかといった話が一通り済むと、「よし、写真を撮れ!」とか、「俺は○○で待っているから一人で見てきていいぞ」と気を使って?!言ってくれるんだけど~毎回毎回どこで待ってるのか、どれくらいの時間見てきていいのかが何度聞いてもうまく聞き取れず、観光をして戻ったらラジャさんがいなかったらどうしよう…なんてちょっと冷や冷やしながら見ていた。それでも、観光が終わるとどうにかラジャさん見つけ出して次の観光地へということを繰り返して、午前中の短い時間にデリーにあるつの史跡を見ることができた。

■ジャマー・マスジット

インドの旧市街にそびえる巨大なモスク。この日は朝早くに行き過ぎてまだ門が開いていなかったので外から見るだけに…ラジャさんからそれを聞いて「えっ!ラジャさん!?」って思ったけど~この適当さもインドならではなんだと思う(笑

マスジットとはイスラム教礼拝所のことらしいのです。イスラム建築ならではの丸みあるドームや礼拝所を囲うようにして高くそびえるミナレット(塔)、その重量感と均整のとれた建物を前にするとついつい時間を忘れて見とれてしまいます。そこには日本の建築とはまた違った温かさや柔らかさがありました。

114116

■ラール・キラー

昨日も行きましたが再びラール・キラーへ。朝日を浴びてより一層映えるラール・キラーの赤がとても印象的でした。正門ラーホール門の前に広がる広場に犬がいて、ちょこちょことついてくるので撫でたかったんですが、インドの犬には狂犬病を持つものもいるので断念。代わりに写真を1枚パチリ。

123125

■ラージ・ガート

インド独立の父と呼ばれるマハートマー・ガーンディーが死の翌日、ヒンドゥーの作法に従って火葬された場所。中心の火葬があった場所には黒い大理石があって、そこガーンディーの最後の言葉「へー・ラーム(おお、神よ!)」と刻まれていました。園内は広い公園になっていて、朝の公園を散歩したりジョギングする人々がいたりしてとても平和でゆったりと落ち着いた場所でした。

128_2131

■インド門

第一次大戦で戦死したインド兵士の慰霊碑。壁面には戦没者の名前が刻まれています。遠くからでもすぐに気が付くほど大きいんですが、近くに行くと周りには高い建物もなく、そのどっしりとしたたたずまいとは逆に少しひっそりとした場所でした。門の下は円く鎖で囲まれていて通ることができず、この日は警察が演習をやっていました。

136_2144132

廟とは死者の魂を祀ったりする場所です。要はお墓です。
広々とした庭の中にたたずむ荘厳な建物フマユーン廟。いかにこの時代の皇帝の力が強大だったかを感じさせてくれました。中心にドームをたたえて、左右対称のシンメトリーな造形はとっても安定していて見ていても飽きさせません。細かい石をはめ込んだ壁の文様も簡素で綺麗でした。朝早いからか相変わらず園内には誰もおらず、鎖などの囲いもなかったので、一度手を合わせてから置かれていた棺?!に触れてみました。大理石のひんやりとした冷たさが心地良かったです。よく眠れそうな場所でした(笑

167168175177_2187

■クトゥブ・ミーナール

イスラム教のスルタン(王)がヒンドゥー教徒に勝利したことを記念して建てた塔。朝から見てきた建築よりもずっと古い時代の建造物らしく、ところどころ壊れてしまっていましたが、それでもなお荘厳にたたずむ姿は変わりません。今までの建築からは少し変わって、平原に高くそびえる塔はドラゴンボールのカリン塔を思わせるように空高く伸びるようにその姿をたたえてありました(笑
塔の横には、一本の鉄柱が生えていて、4世紀から現在まで長い年月の中で風雨にさらされているにも関わらずほとんど錆びてない…世界に多くあるオーパーツの一つになっているそうです。

202219237212229

足早ではあったけれど、インドの観光地・建築物を見て回ることでインドの歴史の深さやを感じることのできる時間だった。それは、たくさんの建築を見ていて一つ気がついたのが、インドの建築は「石」で出来たものが多かったということ。運ぶのも大変だろうし加工も大変だろう。けれど、その苦労のおかげで今もこうして当時のままの姿を見ることができたことに感動させられてしまったからだ。中には直接触れることで、この場所を今まで何人、そしてどれほどの時間を経過していまの自分が触れているかを思うと、大げさではあるけれど昔の人と握手してるような気分にさせられてとても嬉しく思った。

午前の観光を終えてゲストハウスに戻る途中、こんなことを感じていた。
そして、午後からはいよいよ今回の目的の場所の1つであるバラナシに向かう。
バラナシに向かうには十数時間という長時間の電車での移動が待っているにも関わらず、今か今かと待ち遠しい気持ちで電車の時間を待っている自分がいた。

—–

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA